サンライズ・アンコール・チルドレンズ・ビレッジの
不正行為と虚偽の弁解
1.
2004年夏にサンライズはトーラエムさんの解雇を試みた後、管轄の社会福祉省に説得されてトーラエムさんにサンライズ内部でのポストをオファーしました。しかしその際、トーラエムさんを採用する条件として孤児院施設内での寝泊りを禁じたため、トーラエムさんはこのオファーを拒絶せざるをえませんでした(「母親」役を自認する彼女としては、夜中でも熱を出している子がいないか見て回っているので、夜間だけとはいえ子供たちから離れろというのは無理な要求でした)。サンライズの事務局長トレバー氏はこの寝泊りの禁止は政府の規則に基づく要求であると言いましたが、政府に確認したところ、そのような規則は存在しません。トーラエムさんがオファーを拒絶するように仕向けるための作戦だったと考えられます。その一方、サンライズは、トーラエムさんにポストをオファーしたにもかかわらず、彼女があくまで自分で金銭を管理することに固執したため彼女を採用しないことに決めたと言い続けていますが、これはトーラエムさんの人格的欠陥を第三者に印象づけるために捏造した口実であり、そのような事実はありません。
2.
2004年11月30日にサンライズは奥の施設の子供たちに近代的設備の整った自施設を見せた後、トーラエムさんのもとを離れてサンライズの傘下に入るように求めました。それに対して全員の子供たちが拒否の姿勢を表明するや、翌日から奥の施設への水道を止め、さらに警備員を雇って奥の施設を支援しようとする訪問者を規制し始めました。無数にある事例の中から数例を挙げます。
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2005年2月22日、日本のNGO「国際人権ネットワーク」が支援物資(毛布、衣類その他)をもって奥の施設を訪問しようとしたところ、サンライズは奥への立ち入りを認めず、支援物資だけは後で渡すからといって受け取りました。しかしこの支援物資は結局サンライズが横領し、奥の子供たちの手には渡りませんでした。他の国であれば明らかな横領罪です。
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2005年4月30日、2人の日本人が奥の施設を訪問しようとしたところ、サンライズのスタッフ、ボンナー氏は、政府から誰も奥に入るなという指示を受けていると言って、訪問を認めませんでした。しかし政府=社会福祉省がそのような通達を行った事実はありません。
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私たちの批判に直面したサンライズは、2005年6月から奥の施設を訪問しようとする支援者に対して訪問申請用紙を作り、個人情報の提出を要求し始めました。サンライズの施設だけを訪問する人間に対しては必ずしも個人情報の提出を求めませんが(多くの証人がいます)、奥の施設に関しては個人情報を提出しなければ立ち入りを認めません。先進国の人間にとってこれは非常に不愉快な要求なので、実質上旅行会社はツアー客を奥の施設に送ることを断念せざるをえません。2005年10月に韓国の某旅行会社がバス8台のツアーグループを奥の施設に送ろうとしたときも、結局サンライズに阻まれ、支援物資はサンライズに接収されました。
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トレバー氏はサンライズが警備員を雇うのはひとえに治安上の理由だというので、2006年2月19日、私たちは私たちのサイドで別の警備員を置くことをサンライズに申し出ました。奥の施設を訪問しようとする支援者についてはその警備員が治安上の責任を持つので、サンライズ側の警備員が奥に行こうとする訪問者を規制するのは止めてほしいと求めたのですが、サンライズのボンナー氏は激昂してこの提案を拒絶し、話し合いに来た私たちに対して「出て行け」と怒鳴りちらしました。「治安上の理由」というのは口実で、警備員はやはり支援者を奥に入れないための策略であることが明白になりました。
3.
2005年3月から4月にかけてサンライズは奥の施設への送電を切りました。サンライズ会長のコックス氏はカンボジア・デイリー紙でこの犯罪的事実を否定していましたが、事務局長のトレバー氏は2005年11月の私たちとの会談でその事実を認め、それはサンライズが犯したミステイクであったと認めました。しかし今日に至るまでその行為に対する具体的な謝罪も補償も行われていません。
4.
2005年2月22日、奥の施設の2階の1室に男の子が鍵をかけてたてこもったとき、トレバー氏は部下にドアを蹴らせました。その様子を背後から目撃した証人がいます。この点について2005年6月の時点ではトレバー氏は事実を全面否定していましたが、2005年11月には足で蹴ったのではなく、拳でドアをノックしただけだと言いました。一生懸命頭をひねって考え出した言い訳ですが、トレバー氏は目撃者が背後から見ていたとは知らなかったようです。
5.
サンライズは2005年のクメール正月の前後、奥の施設から相次いで子供たちを10人近く引き抜き、サンライズの施設に入所させました。その手法は、子供たちのデータを把握している前院長ムンソコン氏(2004年11月以降はサンライズ職員)が子供たちの親戚を訪ね、親戚を利用して一時里帰りという名目で子供たちを奥の施設から連れ出し、そのままサンライズ施設に入所させるというものでした。サンライズ施設の子供の証言によると、その際親戚に報酬が支払われたということです。親戚に連れて行かれる時点で、子供たちに選択の余地はありませんでした。1人の男の子は泣きながら親戚に手を引かれて行きました。
こうしてサンライズに強制移動させられた子供たちの中の3人を利用して、サンライズは証言文書を作成しました。トーラエムさんが竹の棒で叩くので、子供たちはいずれも自由意志でサンライズに移動したという内容の証言です。しかし文書はいずれも同じ大人の筆跡で書かれ(ムンソコン氏の筆跡に酷似)、しかも3人の中の1人は文字を習い始めたばかりで書かれている文章を読むことができたとは思えません。用意された文書への署名・捺印を迫られれば、すでにサンライズで暮らしている8歳や10歳の子供にとってそれを拒む方が困難だったことは容易に想像されます。ちなみに、カンボジアではどの家庭でも母親は子供を叱るとき、竹や木の棒で子供を叩きます。サンライズはその事実をもってトーラエムさんが子供たちを虐待していることを証明したかったのでしょうが、それは逆にトーラエムさんが「母親」の責任を自覚していることの証なのです。サンライズ側が疑わしい仕方で作り上げた3通の「証言」と奥の施設の子供たちが自筆で書いた56通の証言を比較して見れば、どちらの側に真実があるかは一目瞭然です。
6.
サンライズは2004年11月に政府から施設全体の管理・運営を委託されました。ところが奥の施設に関しては、サンライズは2004年11月から今日に至るまで管理責任者としての責任と義務をまったく履行していません。以前政府が支給していた薪も米も最低限の食事補助費も支給を停止しました。加えて水道も電気も止め、さらには善意の人々の支援すら妨害し続けています。あらゆるライフラインを切断し、子供たちに「死ね」と言わんばかりです。多くの子供たちが口をそろえて「かれら(サンライズ)は私たちを助けに来たと言っていたが、実際には私たちを殺しにきた」とか「死んでもサンライズの施設で暮らすのは嫌だ」とか叫ぶのも当然です。この責任不履行について、トレバー氏は、サンライズは食料でもなんでもオファーしているのに、トーラエムさんが受け取りを拒否しているのだからどうしようもないと言って、責任転嫁しようとしています。しかし、2人の少女の日記によって事実を時系列に沿って検証してみると、サンライズが2004年12月10日に一度だけ、しかも数日前に旅行者から横取りした食料を支給したことを除けば、サンライズが食料を支給した事実はありません。水道を止め、電気を止め、外部からの支援を妨害し続けた後、ようやく2005年4月26日になってサンライズは食料と電気の提供をオファーしました。このときトーラエムさんと子供たちは「その申し出が善意に基づくものだったら受け取ります」と回答しましたが、その後結局何も支給されませんでした。こういう事実経過を無視して、オファーを受け取らないトーラエムさんが悪いというのは強弁以外のなにものでもありません。
孤児院の管理・運営を委託された者の責任は重大です。このような事態を招いた管理者の結果責任を考えただけでも、サンライズに奥の施設を管理する能力はありません。他の先進国であれば、サンライズの責任者は横領罪、子供の人権侵害等で処罰されているはずです。コックス氏がカンボジアの最高権力者と親しいというだけでこれらの罪が不問に付されていいものでしょうか?
7.
過去数度の失敗にも懲りることなく、サンライズは今でもなお、ただし自らの手を汚すことなく、法律に基づくカンボジア政府の決定という衣をまとって、トーラエムさんと50人の子供たちを施設から追い出そうとしています。そのために最高権力者を通じて社会福祉省に政治的圧力をかけています。公務員55歳定年という法律はたしかに存在しますが、この法的規定を個々の事例に適用するかどうかは政府(高級官僚)の恣意的裁量に任されていて、適用されない例外ケースの方が多いというのが実情です。トーラエムさんの場合、本人に働く意思と能力があり、そして何よりも子供たちが彼女を「母親」として慕い必要としているのですから、少しでも血の通った行政であれば、当然55歳定年という規定を杓子定規には適用しないでしょう。しかし政府はサンライズと協議を重ねた上でトーラエムさんの定年退職を決定し、警察力を使った強制執行をサンライズから促されています。カンボジア政府の行為そのものについては内政干渉になるので他国は口出しできないでしょう。しかし、その裏で動いているサンライズは世界の良識による批判に晒されることを免れないでしょう。
「孤児たちの叫び」キャンペーンの会