少女Tの日記

20041113/14

この二日間サンライズが男性通訳を連れてやってきて、私たちの建物の壁にペンキを塗った。この通訳は、サムデイ・チェア・シム国会議長はSRPOの子供たちをこれ以上養育し続けることはできず、この孤児院の管理をサンライズに委託したと語った。

1130

サンライズがSRPOに来て、お母さんの承諾を得ぬままに写真を撮った。私たちが「止めて」と言っても、かれらは写真を撮り続けた。私たちが小さな子供たちを部屋の中に連れて行くと、彼らはさらに写真を撮ろうとしてドアを押した。そうこうするうちにオーストラリア人が名刺を差し出したが、お母さんは孤児院から立ち去るように言った。

サンライズは私たちに彼らと一緒に住むように言ったが、私たちは拒否した。

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サンライズがツアーグループを私たちの孤児院に連れてきた。旅行者の人たちはお母さんに何が必要かと聞いた。お母さんは「あひるの卵、干し魚、赤ちゃんのミルク、粉石けん、シャンプー、醤油が必要です」と答えた。その後、彼らは買い物に行った。ところが彼らが戻ってきたとき、サンライズは彼らからすべてを取り上げ、オフィスに保管した。彼らはそのことをお母さんには伝えなかったが、クンティアと何人かの友達がそれを見ていた。

1210

サンライズはまず1ダースのあひるの卵と粉ミルク二缶、肉、干し魚、野菜(キャベツ)、果物(一房のバナナ、オレンジ)をくれた。

1216

午後4時半、あるツアーグループがお母さんに電話で私たちの孤児院を訪問すると告げてきた。しかし彼らが到着すると、サンライズによって阻止され、少ししてから帰って行った。

1222

午前11時半、一人のジャーナリストがガイドを連れてやってきて、お母さんに子供たちの写真を撮らせてくれと頼んだ。お母さんとお父さんは彼らに尋ねた。「誰に頼まれて写真を撮ろうというのですか?」するとガイドが答えた。「サンライズのリーダーだ。」お母さんは承諾を与えず、丁寧な言葉遣いでサンライズと私たちの孤児院が別々の孤児院であることを説明した。

午後445分、バンコクエアウェイズが古着とオレンジが入った袋を二つ届けてくれた。

午後640分、ムオン・ティ先生がやってきて、お母さんと問題解決について話し合った。

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午後215分、シンガポールのツアーグループが私たちを訪れた。

1229

サンライズが旅行者が私たちを訪れるのを邪魔し始めたのは11月末か12月初め。

午前915分、再び電気が切れた。

午後5時、電気が復旧した。

1231

サンライズは朝の935分までゲートに施錠した。

200412月の末、サンライズは「Sunrise Angkor Children’s Village」の看板を掲げた。

 

 

 

200524

午前930分、シェムリアップ県警長官のKeo Raksaがお母さんを会談に招き、いくつかの問題について議論した。お母さんが帰ってきたのは午後1時。

27

午前11時、サンライズが私たちの2階の部屋を見るために数回やってきて、若いオーストラリア人がいくつか写真をとって行った。

午後6時半、ナムの家で大きな音の音楽が流れ(カラオケ)、私たちを困らせた。

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旅行者のグループがやってきて子供たち全員に鉛筆1本ずつと色紙をくれた。彼らは同じ物をサンライズの子供たちにも配っていった。

218

6時半、サンライズの孤児院も私たちの孤児院も停電になった。午後1時サンライズ孤児院の電気は復旧したが、私たちの孤児院の電気は復旧しなかった。

222

午後5時半過ぎ、ボンナーが日本のツアーグループを止め、お母さんの悪口を語った。ボンナーは「お母さんは旅行者から300ドルか30000ドルも受け取って、それを自分のためにキープしている」と言った。

午前940分、ジェラルド・トレヴァー氏と2人のカンボジア人男性が私たちの家の写真を撮りにやってきて、お母さんに新しい建物の設計図を見せた。そこには私たちの家がある場所に長い建物が書かれていた。その後、彼らは2階に上がって行って、男の子の部屋を見ようとした。彼らはドアを2回ノックした。しかし中にいたウアンはドアを開けなかった。するとトレヴァー氏はカンボジア人男性に命令して、ドアを蹴らせた。そこでウアンはドアを開けた。

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私たちの要求

     お母さん

     入口ゲートの自由な出入り

     旅行者や他のNGOが私たちを支援する邪魔をサンライズは止めるべき

     食糧、電気、水等の問題を解決するための援助

     私たちにはお母さんがいるので、私たちの場所をサンライズから離すこと。

サンライズがやってきてから多くの問題が生じた。彼らはお母さんを追い出そうとし、旅行者が私たちを支援するのを邪魔し、すべてを奪う。彼らはお母さんに対して他にも悪いことをたくさんしている。

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電気が止まる。午後6時、電気が復旧。

313

615分、電気が止まる。

午後1時、旅行者グループが私たちのところに来て、男の子用のシャツを2枚と3冊の辞書をくれた。

314

日本人の旅行者が本棚とノート数冊、ボールペン、鏡、米25kgをくれた。

321

私たちの孤児院だけ停電になった。

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午後631分、私たちの孤児院に電気が復旧したが、翌日朝558分には再び停電。

323

お母さんが薪を3?買った。

326

午後5時、ホルム・スライラットがレアップの手をつかんで、サンライズの孤児院に引っ張り込んだ。午後950分、私たちの孤児院が停電。

328

午前1025分、県事務所のMrs.ソルムが来て、お母さんの退職についての話し合いにお母さんを呼んだ。お母さんは午後6時、話し合いから帰ってきた。

午後65分、電気が復旧。

サンライズは私たちがお母さんについて行くのを阻止しようとしている。彼らは私たちを管理下におさめようとしている。

午後922分、停電。

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630分に電気が流れ、同日の夜9時半に止められた。

330

630分に電気が流れ、同日午後930分に止められた。

331

645分に電気が流れ、同時午後942分に止められた。

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午前10時、クモムのお母さんがやってきて、私たちのお母さんにクモムを正月に家に連れて行きたいと頼んだ。私たちは証拠として写真を撮った。

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午前92分に電気が流れ、同日夜9時すぎに止められた。

410

午後440分、サンライズの女性スタッフ3人(プネオン、ナム、ウェットナースト)が多くのスペイン人観光客と一緒に私たちのところに来て、私たちと口論をした。旅行者が帰った後、私たちはこの3人に出て行くように言った。

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クモムのお母さんがクモムをサンライズの孤児院に連れて行った。

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午後4時、ターとトゥーがかれらの母親によってサンライズへ連れていかれた。

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午前8時、リーの父親とターの母親ともう一人の男がやってきて、サンライズで暮らさせるためにリーとターを連れて行った。

421

午前11時過ぎ、社会福祉省県事務所の役人がアンコール子供病院の医師を連れて、子供たちの健康状態を調査するために私たちの孤児院へ来た。

424

午後1時、リー、ブロス、ポングの3人が親戚によってサンライズに連れて行かれた。

426

午後525分、ダレン・ローズとボンナが私たちのところへ来て、電気と食料について尋ねた。彼らは夕方6時から朝6時まで電気を流し、毎日食料を提供してもよいと言った。しかし私たちは断った。

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サンライズは電気を完全に止めた。同じ日、お母さんは新しい電線を引いた。

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午後420分、2人の旅行者が米3袋と麺2ケース、卵100個をくれた。

午前9時過ぎ、ソパルのおじさんとおばあさんがソパルをサンライズの孤児院連れて行った。

69

午前8時、道路際のゲートの警備員(黒い肌の男)が郵便局からの小包を受け取った。3つの国からレアンに宛てて送られたものだ。しかしチャンターが包みを開けてみると、中には本が2冊、数個の定規とボールペンしか入っていなかった。

622

午後2時、デービッド、ボブ、イトウ、ダラおじさん、写真家1人が問題を解決するべく私たちを助けに来てくれた。

75

午前11時、私(ティーヴィー)とキムリーはイトウサトシ氏と一緒に人権団体(ADHOC)シェムリアップオフィスへ行って、Ms.Mao Yinに会い、問題解決への援助を依頼した。

午後2時、私(ティーヴィー)とキムリーとイトウサトシ氏は再度Ms.Mao Yinに会いに行った。

713

午前1145分、23人の旅行者が私たちのところへ来て、サムナンとスライネアンの写真を見せた。このとき私たちは彼らを中に入れなかった。何故ならお母さんが不在だったし、また彼らは私たちのところへ来る前に長い間サンライズのオフィスへ行っていたからである。彼らがオフィスから出てきたとき、彼らはボンナーと握手さえしていた。

716

午後12時、二人の女性の旅行者がガイドとともに私たちのところへ来ようとした。彼らはサンライズに阻まれたが、ガイドが私たちに電話をかけ、彼らと会うように言った。だから彼らはここへ来ることができた。そのとき、彼らは米1袋とバトミントンの羽根1ケースをくれた。彼らは12時半に帰って行った。

717

午前1015分、ボパアンコールホテルから老人が1人やってきた。彼は私たちのところへ来る前に、サンライズに呼び止められ、オフィスに連れて行かれた。

89

午後4時過ぎ、2人の旅行者と2人のガイドが私たちのところへ来た。しかしその前に彼らはサンライズのオフィスへ行った。

午後6時、フランスに住むサンバットおじさんが米2袋を私たちにくれた。彼はサンライズにも米5袋をあげた。