目 次
Welcome to クルサー・リッリエイ
クルサー・リッリエイの「お母さん
クルサー・リッリエイの子供たち
クルサー・リッリエイ前史
NGOが子供たちを兵糧攻め?
!
クルサー・リッリエイ誕生以後
(2005年10月以後)
支援ネットワーク
教育支援の里親
Self-Help プロジェクト
クルサー・リッリエイ収支報告
近  況
「クルサー・リッリエイ便り」
現地からの報告
参 考 資 料
アピールT 20005年9月15日
アピールU 2006年1月
アピールV 2006年6月
アピールW 2007年1月
オーストラリア大使館への
抗議メールT2005年9月
オーストラリア大使館への
抗議メールU2006年3月
『カンボジア・デイリー』掲載記事
David Jarboe氏の証言
子供たちの手紙(全23通) 
2005年6・8月
子供たちの手紙(全16通) 
2006年1月
子供たちの手紙(抜粋5通)
サンライズ会長コックス氏との
メール交信記録
少女Tの日記
少女Kの日記

クルサー・リッリエイ近況報告

2007年9月27日--------岡本慈子さんが昨年シェムリアップを訪れた際に撮った写真を公開されました。クルサー・リッリエイの写真も多々含まれていますので、興味のある方はhttp://picasaweb.google.co.jp/okaitsu/Cambodia200602
をご覧下さい。

2007年9月24日--------
クルサー・リッリエイで9月初めから毎日日本語を教えてくれていた橋本恭明さんが帰国。近々mixiのコミュニティの方に報告を寄せていただくそうです!

2007年9月23日--------
日野尚美さんと遠藤美帆さんがmixiにコミュニティを立ち上げてくれました。http://mixi.jp/view_community.pl?id=2636632
長い間の念願がようやく叶いました。お二人に感謝!これからこのコミュニティとこのホームページを二つの軸にして支援の輪をさらに広げていきたいですね。皆さん、今後もご協力よろしくお願いします。

2007年9月3日から9月22日-------
支援者の橋本恭明さんがシェムリアップに滞在。期間中、毎日クルサー・リッリエイを訪問して、午後4時から5時まで日本語授業をしてくれています。今年2月に阿部めぐみさんが初めて日本人教師として日本語を教えてくれましたが、それ以来のことです。これまで過去1年半、カンボジア人の日本語教師に授業をお願いしてきましたが、どうしても読み書き偏重の授業で、日本語「会話」能力を養う上では限界がありました。目下、新しい教師を探しているところですが、子供たちはすでにある程度基礎はできているので、日本人に生きた日本語を習うのがベストです。1週間でもシェムリアップに滞在して子供たちに日本語を教えてくださる方がいれば、是非伊藤までご一報下さい。

2007年9月3日から9月8日------
伊藤聡が2ヶ月ぶりにカンボジアを訪れ、子供たちや現地支援者の方々と再会して現状を把握。プノンペンの医大で学ぶティーヴィーも含めて(ティーヴィーは夏季休暇にもかかわらず特別授業や病院での実習で、相変わらず忙しい日々を送っていました)46人の子供たちとお母さんは全員元気で暮らしていました。子供たちは夏休みだったため、夕方の英語学校や日本語授業を除いて比較的時間に余裕があったのは幸いでした。
ドイツのシャーバーさんから子供たち自作の絵葉書を送れば知人のサークルや学校で1枚1ユーロで販売してくれるという申し出があったため、20人ほどの子供たちが半日かけて100枚の絵葉書を作成しました。特にキムリーとソジンの2人は水彩画のセンスがあり、どこに持って行っても立派な作品として買ってもらえるでしょう。その他の子供たちが描いた絵葉書もすべてそれぞれ世界に1枚しかないオンリーワンの作品であり、そういう目で見てもらえるとどの作品もとても味があります。支援者の皆さんの中で販売ルートがありそうだという方は伊藤まで是非ご一報下さい。
偶々同じ時期にシェムリアップに滞在していたフォトジャーナリストの大島駿一さんが連日タケオゲストハウスの日本人旅行者を孤児院に案内してくれたため、この時期子供たちは毎日遊び相手や話し相手に事欠きませんでした。一度流れができると、孤児院の話は口コミで伝わりますので、今後しばらくは来訪者が途絶えないのではないかと思います。クルサー・リッリエイは訪問に際して堅苦しい手続きを必要としたり、警備員のチェックを受けたりするような孤児院ではありません。子供たちの友人として来訪される方にはいつでも門戸が開かれたオープンなファミリーです。アポなしでふらっと遊びに来ていただいて結構です。ただ年長の子供たちと会って話をしたければ、間もなく新学期が始まりますので、お昼前後か夕方の方がチャンス大です。また場所が分からないという方は伊藤(itosatoshijapan@yahoo.co.jp)もしくは現地スタッフのS君(012-990647)までご一報下さい。
今回は敢えて社会福祉省とコンタクトを取りませんでしたが、政府=サンライズ側での「トーラエムさん排除計画」に動きは見られませんでした。
また今回分かったことですが、カイルさんというオーストラリア人が現地ガイドを通じ、クルサー・リッリエイの5人の子供たちを対象に英語学校に通う支援を8月から開始したということです。カイルさんは韓国在住ということでまだ直接のコンタクトは取れていませんが、間に立った現地ガイドとは話をすることができました。また従来孤児院に隣接する小学校で英語を学んでいたその他の子供たちは8月から近くのワット(お寺)で学ぶことになったそうです。この変更の理由はトーラエムさんの話ではワットの方が「授業もよいし、料金も安い(1人1$)」からだということです。

2007年8月10日頃 ---- 熊本学園大学マウン・マウン・ルイン教授のグループが1年ぶりに来訪

2007年7月下旬 ------ 岡井洋二さん、1週間ほどシェムリアップに滞在、連日クルサー・リッリエイを訪問

2007年7月19日〜20日 木村絵美さん、1年ぶりに来訪

2007年7月15日〜17日 マレーシアからBob Lee氏が来訪。Bob Lee氏自身の支援金に加え、アメリカのJohn Dennis氏、 Jim and Lucy Cline氏、Tonia Devon氏、Richard and Jo Ann Lee氏、 family of Edmonds, およびマレーシアのRene Scheidegger氏等からの支援金で600ドル相当の生活必需品を購入するとともに、現金600ドルをクルサー・リッリエイに寄付。
また同じ時期にアメリカから18歳のJulia Boubelさんが二つのトランクにTシャツ、学用品、玩具等の支援物資を携えて、クルサー・リッリエイを訪問。彼女は里親として職業教育支援を行っているMrs. Margaret Boubelの令嬢です。

2007年7月7日
--------社会福祉省シェムリアップ局に問い合わせたところ、トーラエムさんの退職後の個人住宅はすでに完成しており、大臣との間で交わした取り決めに従ってトーラエムさんが孤児院退去を求められる日は近づいているということです。しかし、この情報は額面どおりには受け取れません。大臣との取り決めによれば、フンセン首相が個人住宅およびその敷地がトーラエムさんの所有であることを保証することが退去のもう一つの条件とされていますが、敷地がアプサラ局の管轄下にあるため、政府側がこの条件をクリアーするのはそう簡単ではないと推測されるのです。おそらく政府もサンライズも、わたしたち支援者が新孤児院を建設してトーラエムさんと子供たちを引き取ることを期待しているのではないかと思われます。

2007年6月19日
------クルサー・リッリエイを支援する某旅行会社の案内により、アメリカのボランティアグループが来訪。米500kgと自転車17台を寄付するとともに、すべり台等の遊具を修理してくれました。